東京オペラシティーアートギャラリーに「難波田史男の15年」を観に行ってきた。




私は、美術や絵をちゃんと勉強したわけではないが、時々、美術館に行ったり、美術関連の本を読んでいるうちに、何とな~く、好きな作家や作品ができあがってきた。その中の一人に難波田龍起がいるが、その次男である史男については、恥ずかしながら、全く知らなかった。今回、240点もの作品や資料が展示される特別展が開催されているということで、訪れてみた。
上の写真にもある通り、父譲りの抽象的な作品ばかりなのだが、不思議なことに、同じ「抽象」でも、人によって、結構違いがある。私のような素人は、具体的に何が違うのか分析的に説明することはできないが、「違っている」ということだけは、何故だか、「感得する」ことができるものだ(音楽を聴いて、これ誰の作品でしょと指摘できるのと同じ感覚だと思う)。また、一人の作家の画風も、だんだんと変化をする。史男は、32歳の時に、フェリーから転落し、その短い生涯を閉じたが、その間にも作風は大きく変化している。今回の展覧会では、大量の作品や資料を通じて、史男の画風の変化を興味深く辿ることができた。 初期のころの作品は、無意識に浮かんだイメージをそのまま掬い取ったようなものが多いのだが、次第に、それらの無意識のイメージが、現実の事物と融合されていったように思われる。実際、前半は「無題」の作品が多いのが、次第に何らかの題名がつけられた絵が多くなっていたようだ(ちなみに、後半になっても、「抽象」であることに変わりはないので、絵を見て、タイトルを当てるのは、ほとんど不可能だったが。)
企画展の後には、常設展を見学。「西方浄土2」など、父・難波田龍起の作品が、3点ほど、展示されていたが、私には、やはり、父上の作品のほうが、ビビッと来た。そのほかの抽象画では赤塚祐二「無題」が、抽象画以外では野又穣の「世界の外に立つ世界1」などが気に入った。
美術館の帰りには、家の近くのラーメン屋「麺屋ぼうず」で、遅い昼食として、つけ麺をいただいた。(昆布が入った緑色で、フェットチーネのような麺!)

おまけ:以前紹介した畠山直哉の連作写真シリーズに「slow glass」というのがあるが、このslow glassというのは、ボブ・ショウの小説に出てくる「光の進み具合が遅くなるガラス」(=光の進み具合が遅いので、過去が映るという設定)からインスピレーションを得たものなのだそうだ。そこで、どうしても、原作を読みたくなって探したのだが、絶版状態。何とか、図書館で又借り等してもらって、ようやく手にしたのが、こちら↓

すでに読んでしまったが、過去が映る(記録されている)ガラスが、観賞用(大自然の風景を記録しておいたガラスを、都会の部屋で利用する)に使われたり、犯罪捜査(ガラスが犯行現場を記録する!)に使われたり、人々の監視に使われたりすることで、今とは全く違う世界が作り上げられていく様は大変スリリング。今の世の中も、ある一つの出来事なり一つの技術革新で、大きく変わり得るものなのだろうかと考えさせられた。













